次世代モビリティ市場創出をけん引する素材⾰命 次世代モビリティ市場創出をけん引する素材⾰命

Nov.22 2023

次世代モビリティ市場創出をけん引する素材⾰命

いま自動車業界では、クルマを再発明するかのような大きな技術革新が急ピッチで進んでいる。こうした中、自動車用ガラスの世界的大手であるAGCは、従来の事業の延長だけでは自動車業界の大きな変化に追随できないとの危機感を抱き、新しい時代を見据えた戦略をいち早く展開している。AGCは、モビリティにいかなる未来を描いているのか。次世代モビリティ事業の新戦略について、オートモーティブカンパニー プレジデントの竹川善雄氏に聞いた。

Profile

竹川 善雄

竹川 善雄

AGC常務執行役員 オートモーティブカンパニー プレジデント

次世代モビリティでは、より高度なガラスが求められる

いまモビリティの概念が根本的に変わろうとしている。自動車業界は「CASE(Connected、Autonomous、Shared & Service、Electric)」と呼ばれる4つの進化基軸に沿った技術の進化による100年に1度の大変革の中にあり、クルマ自体が大きく変わるのは必至である。「AGCは、こうした大きな変革期をともに乗り越え、自動車業界に引き続き貢献しながら、モビリティ事業の成長を目指す考えです」と竹川氏は語る。


AGCは自動車用ガラスの世界的大手として知られており、加えて急成長するインテリア向け⾞載ディスプレイ⽤カバーガラスにおいても、世界No.1(※)である。クルマ自体が変わる中、このポジションを今後も維持することができるのだろうか。(※AGC調べ)


「EV(電気自動車)であっても次世代モビリティであっても、ガラスという魅力的な素材の需要がなくなるわけではありません。車両の内と外を視覚的につなぐ役割を担う開口部材にはこれからもガラスが使われ続けるでしょう。ただし、次世代モビリティにおいては従来とは異なる要求が生まれるはずです」(竹川氏)。オートモーティブカンパニーでは、時代ごとに変わる市場の要求を捉え、求められるガラス素材や部材、ソリューションを先回りして開発する考えだという。


では、ガラスに対する新たなニーズをどのように捉えているのか。

竹川 善雄氏

AGC常務執行役員 オートモーティブカンパニー プレジデント 竹川 善雄氏

マルチファンクション化が進むクルマの開口部材 ガラスは「一等地」

EVでは、航続距離を最大化するために車体底面に大量のバッテリーを敷き詰めるため、床面が上昇して頭上スペースを圧迫するという課題が出てくる。しかし、車内空間の快適性を損ねることは許されない。そこで床面と天井との間の距離が狭まっても圧迫感を覚えないよう、天井がすべて大型ガラスで作られたパノラマルーフを採用するケースも増えている。天井に使われるガラスには、高遮熱性が求められる。それはエアコンを省電力化して長い距離を充電なしで走るためだ。また、サイドガラスにはタイヤ音や風切り音を低減して快適で静かな車内空間を実現する高遮音性が求められる。エンジン音から解放されたEVならではのニーズである。さらにプライバシー確保の観点から、利用シーンに応じて遮光や遮像が可能な調光機能も必要だろう。


そしてEVの普及が進んだ後には、高度な自動運転システムを搭載した次世代モビリティが市場投入されるはずだ。開口部材に用いられるガラスには、さらに多くの機能と新たな特性が求められる可能性が高い。現在でもクルマにおいて、ガラス部材が占める表面積の割合は大きく、周囲360度全方位に向けて配置され、搭乗者の視線が届きやすいところにある。EVでパノラマルーフの採用が検討されていることからも推察できるように、今後さらに大きくなる方向である。このためガラスには、クルマに新たな機能を盛り込む場所としての「一等地」と呼べる価値がある(図1)。

図1 独自の多彩な複合技術によりガラスの高機能ニーズに応えるAGC

図1 独自の多彩な複合技術によりガラスの高機能ニーズに応えるAGC

こうした考えを踏まえて、AGCはアンテナ、センサー、ディスプレイと、大きく3本の柱となるテーマを据えて次世代モビリティに向けた素材や部材、ソリューションの開発に乗り出している。


アンテナ機能は、より安全な協調型自動運転を実現するためには必須となる。無線通信による車間距離のデータ共有や、5G通信を利用したクラウドとの連携などを行うためだ。どんな場所でも、走行中に途切れることなく無線通信を行うためには、より受信しやすい場所にアンテナを置く必要がある。全方向に向いた、かつクルマのアッパーボディーのほとんどの表面積を占める場所、すなわちガラスのある場所だ。既にAGCは「ガラス一体型5Gアンテナ」を開発し、NTTドコモやエリクソン・ジャパンと共同でミリ波による高速走行中のデータ通信に成功している。ガラスのような大面積部材の中にアンテナの機能を組み込めば、アンテナの設置位置の自由度が高まり、より高効率な受信も可能となる。また、車両のデザインを損なうことなくアンテナシステムの性能を向上し、クルマの安全性を高められる。


センサー機能は、自律型自動運転システムの“眼”として周辺環境の情報を収集するために不可欠である。今後、クルマにはLiDAR(Light Detection and Ranging=レーザーレーダー)やカメラなど、多様かつ多数のセンサーが搭載される。それらは車両周辺の情報を漏らさず収集できる位置に配置しなければならない。自動車の外側にセンサーを設置することもできるが、車両のデザイン性を損なったり、空気抵抗を受けたり、センサーが汚れたり、壊れやすくなるなど弊害が生じる。一方で、センサーを車内に配置できれば、こうした懸念は解消する。そのためには、開口部材に用いられるガラスには通常通すことができない波長領域の赤外線や電波などを効率的に透過する特性を盛り込む必要がある。AGCが設計する窓はADAS(高度先進運転支援システム)カメラの機能を最大化するために低ひずみのガラス成形技術やカメラの前の曇りを除去するヒーター印刷の技術が生かされている。さらに、基本の光学カメラを補うためのLiDARやFIR(遠赤外線)カメラといった機能を合わせて搭載することも可能である。


ディスプレイ機能は、車内空間での時間を有効利用するために必要だ。スマートフォンのように様々な情報がディスプレイを介して提供されるようになってきた。また、ドライバーが運転作業から解放される自動運転車では、移動中に走行状況や目的地情報などを表示したり、あるいは映画などのエンターテインメントを楽しんだりするような機会が格段に増えることだろう。搭乗者が目配りしやすい位置は、大面積のディスプレイ機能を組み込む絶好の場所となる。

図2 アンテナ、センサー、ディスプレイの3本柱でモビリティ社会の実現をリード

図2 アンテナ、センサー、ディスプレイの3本柱でモビリティ社会の実現をリード

竹川氏はここで強調する。「次世代モビリティで追求する利便性や快適性は、あくまでも安全性のもとに積み上げられる付加機能であり、マルチファンクション化を推し進める際にも、安全第一という理念のもとで開発・生産されていなければならないと考えています」。


クルマの開口部をマルチファンクション化するなら、ガラス材料にこだわらずとも、ポリカーボネートなどの透明な樹脂を使ってもいいのではと考える読者もいるかもしれない。しかしAGCは、長期間にわたって安全性を維持するためには、開口部にはガラス製部材の採用が必須であると確信している。樹脂材料は、走行中に付着した砂ぼこりなどで傷つき、視界を悪くする可能性があり、それを防ぐためのハードコートも必要になってしまう。素材そのものの劣化の問題もある。 ガラスにはこうした懸念がなく、機能性とコストのバランスが非常に良い素材である。


マルチファンクション化に向けた新規事業の開発体制も万全だ。AGCには、研究所で進める技術開発の進捗や成果と、各事業部門から吸い上げた市場動向や顧客の声などを統合して新規事業を開拓する、事業開拓部というコーポレートの部署がある。ここでは会社が持つ各リソースの強みを統合することで、既存事業の枠を超えた高い価値を生み出せる新規事業を企画している。モビリティ領域においても、こうした枠組みの中で成果が生み出されている。企画された新規事業は、オートモーティブカンパニー内のモビリティ事業開拓室に移管され、自動車メーカーなどの顧客に紹介し、そのフィードバックを提案の改善や別の提案に生かしている。


「提案の中には、お客様にとって想定外の着眼点や、中には出過ぎた提案もあるとは思うのですが、面白いと感じ、興味を持っていただけることが年々増えてきています。そのようなお客様に寄り添いながらともに議論していく先に、実現すべき次世代モビリティと、そこで求められる部材の姿が具現化してくると考えています」と竹川氏は語る。

マインドセットを変えてモビリティ市場創出をリード

こうした次世代モビリティを見据えた製品を開発し、事業を発展させるためには、社内のマインドセットの転換は不可欠だと竹川氏は訴える。「これまでは求められる製品を、求められる仕様・量・タイミング・場所で生産し供給することで、自動車メーカーの皆さまに貢献してきました。これは今後も重要なことですが、業界全体が急速に変化するこれからは、それだけでは十分とはいえません。自らモビリティ社会の将来像とそこに至るシナリオを思い描きながら、お客様の要求に先回りする形で製品を提供することが重要です。それを実践するためには従来の受け身になりがちなマインドセットを変える必要があります。次世代モビリティや主要市場の政策・規制などの動向を主体的に洞察し、自社なりにCASEが具現化した姿とそこに至るシナリオを思い描いて、当社独自の多彩なコア技術の強みを生かしながら、次世代モビリティの市場創出をリードしていきたいと考えています」と竹川氏は今後のビジネスの方向性を展望する。


マインドセットの転換だけでなく、事業体制の強化も進める。これまで順調に成長してきた自動車市場も、先進国の人口が減少に転じ、頭打ちになる兆しが見えてきている。そして、従来の自動車メーカーとは出自の違う異業種企業やスタートアップが、次世代モビリティビジネスに参入して大きな存在感を示すようになった。こうした中でCASEに沿った変革が進められ、モビリティのあり方自体が変わろうとしている。既存の自動車業界にとって、CASEはまさに次の時代でのビジネス成長を懸けた変革だといえる。これは自動車メーカーのみならず、部材を供給しているサプライヤーにとっても同様だ。今まで通りの手法を継続したのでは、勝ち抜くどころか生き残ることもままならない。


AGCではコア事業と戦略事業を両輪とした、「両利きの経営」を全社戦略として実践している。もともとAGCのオートモーティブカンパニーには、既存の開口部材事業もある。開口部材は2022年度の売上高が4000 億円を超える、まさにコア事業だ。加えて次世代モビリティ事業は、ライフサイエンス事業・エレクトロニクス事業とともに今後の新規事業の柱となる戦略事業と位置付けられており、今後も自社の強みを生かして将来の高収益事業としてさらに伸ばしていく方針だ。


AGCが想定するモビリティの範疇(はんちゅう)には、乗用車や商用車以外にも、建機・農機、ドローン、鉄道、船舶なども含まれる。もちろん市場規模が圧倒的に大きいのは自動車用部材だが、そこで事業化され磨かれた製品は、他のモビリティにも展開され、それぞれの分野で技術革新やイノベーションを生み出す可能性がある。同社が見据えているモビリティ事業の将来は、思いのほか大きく、広い。


竹川氏は「AGCにとっても、あらゆる分野のモビリティ業界にとっても、現在は第二の創業期にあると感じています。社会はいかなるモビリティを求めているのか。原点に立ち返って、本当に求められているモビリティの姿を徹底的に洞察すれば、おのずと継続的に成長可能な事業が見えてくることでしょう。大局を見ながら構想し、小さなところから着実に革新を推し進めていきます」と抱負を述べる。

日経ビジネス電子版 掲載記事

※部署名・肩書は取材当時のものです

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