気候変動対策の主役は、政府から⺠間企業へ 平井良典CEO・東京大学高村ゆかり教授特別対談 気候変動対策の主役は、政府から⺠間企業へ 平井良典CEO・東京大学高村ゆかり教授特別対談

Dec.13 2023

気候変動対策の主役は、政府から⺠間企業へ 平井良典CEO・東京大学高村ゆかり教授特別対談

カーボンニュートラルの実現に向けて企業は温暖化ガスの排出削減目標を掲げ、対策を進めている。金融機関からはこうした取り組みに関する情報開示も求められている。多くの新たな課題と問題に直面し、難しいとため息をつく企業も少なくないだろう。そこで、東京大学未来ビジョン研究センター教授の高村ゆかり氏に世界の潮流を改めて整理してもらった。AGC平井良典CEOとの対談を通じて、企業に求められるあり方について考える。

Profile

高村 ゆかり

高村 ゆかり

東京大学未来ビジョン研究センター 教授

平井 良典

平井 良典

AGC 代表取締役 兼 社長執行役員CEO

気候変動対策は、政府主導から企業主導へ大きく変化

高村氏 「京都議定書」に続く「パリ協定」が2015年に合意され、2020年ごろから様々な動きが活発化しました。菅義偉前総理が「2050年までのカーボンニュートラル」を国の目標として打ち出したのも2020年です。今年のG7広島サミットでも、合意文書の大半が気候変動とエネルギー対策に割かれています。

高村 ゆかり氏

東京大学未来ビジョン研究センター 教授 高村 ゆかり氏

今は「1.5℃目標」の実現を目指しています。産業革命前と比較して、世界の平均気温の上昇を1.5℃までに抑えようという目標です。2021年に気候変動枠組条約の締約国会議「COP26」で合意され、その後、G7やG20でも確認されました。京都議定書は先進国だけが数値目標を持つ枠組みでしたが、パリ協定は、中国やインドを含む主要排出国も国際的に目標を掲げる枠組みになりました。各国の状況に差があるためパリ協定では各国目標をトップダウンで決めることが難しく、各国がそれぞれ目標を設定する枠組みとなりました。


もう一つ注目すべき潮流は、政策の大きな変化です。京都議定書の頃は、国が目標を立て、企業や国民に協力を求めるトップダウン型でした。しかし今や取り組みは企業主導に変わっています。政府が今進めているのは、企業の取り組みを後押しするための政策です。その要因には、トランプ政権下で国際的な気候変動対策の交渉が進まない中、2016年ごろから欧米のグローバル企業や金融機関などが、気候変動対策を主導し始めたことが背景にあります。


平井氏 2020年以降の変化は非常に大きいと思います。一方で民間企業から見ると、実は社会課題への取り組みは、そのはるか前から始まっているとも感じます。

平井 良典氏

AGC 代表取締役 兼 社長執行役員CEO 平井 良典氏

当社の創業自体もそうです。明治から大正にかけて日本の都市化が進む中、窓ガラスを100%輸入に頼っていることが大きな課題でした。その解決策として、板ガラスを国産化したのが当社の始まりです。創業理由そのものが社会貢献でした。フロンによるオゾン層の破壊が問題化した際には、代替フロンをいち早く開発しました。今は最大の社会課題となっている気候変動の解決に向けて取り組んでいます。


創業25周年を記念して1933年に設立した「旭硝子財団」は研究助成などの活動を続けてきましたが、1992年にリオデジャネイロ(ブラジル)で開催された地球サミット(国連環境開発会議)を機に「ブループラネット賞」を創設しました。その第1回の受賞者が眞鍋淑郞氏です。眞鍋氏は2021年にノーベル物理学賞を受賞されることとなりますが、その際の受賞理由と第1回ブループラネット賞の受賞理由はくしくも同じでした。30年前から、私たちは地球温暖化に注目していたわけです。


民間企業は利益を出すことが目的の一つですが、そのせいで社会にマイナスの面を与えてはいけない。それが基本的な考え方になります。


高村氏 エネルギーを多く使う素材産業は、再生可能エネルギーへの転換など足元で削減対策をとりつつも、まだすべての問題を解決する技術があるとは限らないと思います。高い目標に向けて未知の挑戦をしながら社会課題に取り組むには、何が必要とお考えですか。


平井氏 温暖化ガスを排出し始めたきっかけは、産業革命です。しかし、産業革命自体を悪だと言う人は少ないでしょう。産業革命がなければ、今の社会はありません。


最初は良いと思って始めたことでも、時代がたつとマイナス面に気づくようになります。それを乗り越えてきたのが人の歴史だと思います。最初から「できない」と思ったら絶対にできません。重要なのは、可能性を信じて挑戦することです。人類は多くのことをそうして乗り越えてきました。社会課題の解決も同様だと考えます。

企業の気候変動対策に投資家が注目、情報開示が重要に

高村氏 企業の気候変動に対する取り組みに、投資家も高い関心を寄せています。2017年頃から、企業の短期的な収益力だけでなく、中長期的な社会課題への取り組みも企業評価に含まれるようになりました。


そのためには関連する情報を企業から出してもらう必要があります。これがサステナビリティに関する情報開示がこの間大きく進んでいる理由です。2021年には、複数あった国際的な情報開示の基準が国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の下で統合され、今年6月に最初の指針が公表されました。日本でも、2023年3月期から有価証券報告書での情報開示が義務付けられました。


開示の要求は今後さらに高まるでしょう。情報開示が“開示のための開示”になると、企業の負担感が増えると思いますが、多くの企業は情報開示に前向きです。社会課題の動きを中長期的に捉え、リスクとチャンスを見いだし、中長期的な視点で事業戦略を考える機会として取り組み始めているという印象です。AGCはどのように動いていますか。


平井氏 素材産業は、開発から事業化まで20~30年ほどかかります。将来を予見し、そこからバックキャストする形で今すべきことを考えてきました。気候変動対策も、その中で検討しています。当社はイギリスCDP(※)の「Aリスト」に入っており、情報開示には一定の評価を受けています。

※CDP:環境分野の情報開示システムを運用する国際的な非営利団体


高村氏 サステナビリティ基準委員会(SSBJ)で、ISSBの新基準に基づいて日本版の基準の策定が進んでいます。ISSBの基準の中にはScope 3(サプライチェーン、バリューチェーンからの排出量)に関する情報開示もあります。AGCのように多様な製品やサービスを提供されていると、Scope 3の算定は大変ではないでしょうか。


平井氏 そうですね、流通業や小売事業者ならサプライチェーンの下流側にあたるScope 3が重視されるのは分かります。しかし当社のような素材メーカーは、Scope 1(自社での直接排出量)とScope 2(自社での間接排出量)がまず重要で、その次にScope 3があります。本来何を重視すべきかは、業種や業態によって違うのではないでしょうか。


高村氏 そう思います。まずは自社の事業活動から排出されるScope 1とScope 2が基本です。


今、温暖化ガスの排出削減という観点からは、素材が世界的に注目されています。その背景には、世界の温暖化ガスの4分の1が素材由来であり、国の試算では、素材由来の排出量が日本の排出量の3分の1を占めるとされていることがあります。素材のライフサイクル全体から排出される温暖化ガスが注目されているのです。


Scope 3は、算定基準も方法論もまだ完全には確立されていません。誰の排出量かという、排出を削減する責任の「帰属」といった重要な議論も残されています。Scope 3について重要なことは、自社が直接排出するものだけでなく、サプライチェーンやバリューチェーンからの排出もあるということを明確に認識することです。


Scope 3に関しては、その排出量が単純に多いか少ないかだけを議論することには意味がありません。それでは企業が持つ本来の価値を見誤ると思います。Scope 3の排出量をよく見ることで、広く自社の活動に関わる排出を把握し、自社が対策をとれる場面、貢献できる場面がどこにあるかを明確にすることに意味があると考えています。投資家も、まずはそこを評価する必要があります。

仏サンゴバンと提携、温暖化ガスの削減に向けて協働

平井氏 AGCのガラス事業に関する話をします。建物内の窓ガラスを断熱性の高い2層窓や3層窓に替えると、ビルや住宅のエネルギー効率が上がり温室効果ガス排出量削減に貢献します。


もう一つ重要な点は、日本のお年寄りの死因に多い脳出血や心筋梗塞の主な原因が、極端温度にあることです。住宅の熱の出入りの半分以上が窓ですから、窓の断熱性を上げれば、住宅内の温度差を抑えることができます。


残念ながらいずれも現状のScope 3では評価されませんが、企業はこうした貢献についても社会に訴求していくべきだと思います。


高村氏 確かに、Scope 3はサプライチェーン、バリューチェーンの中で排出される温室効果ガスを評価しますが、「事業や製品・サービスが他人の排出を抑制した」という視点から評価する基準はありません。


平井氏 Scope 3で評価される取り組みとしては、温暖化係数が極めて小さい冷媒を開発し、これをエアコンに応用しようとしています。従来の冷媒の温暖化係数を1030 とすると、新しい冷媒は1 以下に下げることができます。これは使用時と廃棄時の排出量を減らすことになるので、Scope 3に入ります。


高村氏 重要な貢献になると思います。建築物のゼロエミッション化については、日本の政策も進み始めています。例えば、東京都は国の基準を上回る住宅の省エネ化を推進するために「東京ゼロエミ住宅」という助成制度を立ち上げていますね。


AGCは今すぐできる排出削減対策を進めながら、同時に将来への仕込みもされている。短期と中長期の視点を同時に持って、事業戦略として取り組みを進めていらっしゃるところが素晴らしいと感じます。


平井氏 今年2月にフランスの大手ガラスメーカー、サンゴバンと提携し、温暖化ガスの削減に向けた取り組みを共同で進めることになりました。世界市場のトップ2社が手を組む、珍しい挑戦です。両社の技術を持ち寄り、ガラス製造に必要な熱源の50%以上を電力で賄おうとしています。これに加えて当社は、ガラス原料を溶かすガスバーナーについても、天然ガスで行われていた燃焼をアンモニアや水素で代替する技術を開発しています。


高村氏 うまくいけば、排出量ゼロでガラスが作れるかもしれないですね。ライバル企業と提携することについて、社内で議論はありませんでしたか。


平井氏 今日、解決すべき社会課題も技術も製品も、すべてが複雑かつ複合化しています。1社で取り組めば成功確率は下がるばかりですから、オープンイノベーションが必須なのです。大学や企業との連携を強化する中で、競合相手とも限定的な範囲の中で協力が求められます。

炭素効率の高い事業ポートフォリオへ

平井氏 当社が戦略事業としているライフサイエンスやエレクトロニクス、モビリティの3分野は、エネルギーをあまり使わずに作れるという点でも力を入れています。その中でも鍵となる一つは、現代の最先端半導体の高性能化を支えるEUV(極端紫外線)露光用フォトマスクブランクスです。本製品の開発にAGCが着手したのは20年前のことでした。需要の大幅な高まりを受け、2025年までに生産能力を段階的に増強していきます。

EUV(極端紫外線)露光用フォトマスクブランクス(左)と、その製造拠点である福島県の本宮工場(右)

EUV(極端紫外線)露光用フォトマスクブランクス(左)と、その製造拠点である福島県の本宮工場(右)

高村氏 20年後を見越した投資がなぜできるのか、その秘密を皆さんが知りたがっていると思います。


平井氏 簡単です。成功した事例ばかりお話ししているだけで、実はその陰に、山ほどの失敗があるのです。素材開発の成功は、1000に3つと言われていますから。


先ほど「可能性を信じて挑戦すれば乗り越えられる」と申しましたが、これは失敗を許容する文化がなければできません。


高村氏 私たちの生活や経済は、素材なしには成り立ちません。時代のニーズに技術で応えるAGCのような企業にとって、気候変動は課題であると同時にチャンスでもあると感じました。資源の大部分を海外に依存する日本にとって、資源効率性を高め、エネルギーの自立性を高めていく上でもAGCに期待しています。

「日経ビジネス電子版」2023年11月に掲載された広告記事より転載

※部署名・肩書は取材当時のものです

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